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「ハーバード白熱教室」を10倍楽しむ方法

 NHK教育テレビで毎週日曜日18時から放送中の「ハーバード白熱教室」が話題だ。法学部生の時代から数えるとかれこれ30年間にわたり法律学を学び続けている私にとっては、講義内容は既知の部分が少なくないが、マイケル・サンデル教授の講義の進め方や学生に対する接し方には学ぶべき点が多く、大変興味深い。

 マイケル・サンデル教授と言えば、チャールズ・テイラー、アラスデア・マッキンタイア、マイケル・ウォルツァーらとともに、「コミュニタリアニズム」を代表する政治哲学者の一人である。

 5月23日の放送では、リベラリズムの代表的思想家であるジョン・ロールズの『正義論』(紀伊國屋書店から出されていた邦訳は絶版中)が丁寧に紹介されていたが、サンデル教授自身はむしろロールズの思想を批判したことで知られている。1980年代に華々しく展開された「リベラル・コミュニタリアン論争」がそれである(詳しくは、アダム・スウィフト ・スティーヴン・ムルホール (著) 谷澤正嗣 (訳) 「リベラル・コミュニタリアン論争」(勁草書房)を参照)。

 リベラリズムは、自由で平等な独立した個人を前提とした上で、正義や公正を道徳的な美徳からではなく、価値中立的なものとしてとらえる。それに対し、コミュニタリアニズムは、人間はそもそも共同体に埋め込まれた存在であるとして、「連帯」「美徳」「共通善」といった価値を重んじる点に特徴を持つ。

 とはいえ、リベラリズムもコミュニタリアニズムも、ともに福祉国家型の経済政策を支持する点では共通しており、その意味で、個人の自由を最大限尊重し、政府の干渉を最小化しようとするリバタリアニズムと対峙している。

 というわけで、ハーバード白熱教室を10倍楽しむためには、リベラリズム、コミュニタリアニズム、リバタリアニズムの思想を踏まえておくことが大切ということになる。そこで、主な文献案内をしておこう。

(リベラリズム) 代表的著作は、ロールズ『正義論』(紀伊國屋書店から出されていた邦訳は絶版中)と井上達夫『共生の作法』(創文社)および『他者への自由』(創文社)だろう。入門書としては、稲葉振一郎『リベラリズムの存在証明』   (紀伊國屋書店)がある。

(コミュニタリアニズム) 代表的著作は、テイラー『自我の源泉』(日本語には翻訳されていない)、マッキンタイア『美徳なき時代』(みすず書房)、サンデル『リベラリズムと正義の限界』(勁草書房)および『民主主義とその不満』(日本語には翻訳されていない)、ウォルツァー『正義の領分』(而立書房)がある。日本人の著作としては、中野剛充『テイラーのコミュニタリアニズム』(勁草書房)があり、入門書として菊池理夫『日本を甦らせる政治思想現代コミュニタリアニズム入門』(講談社現代新書)がある。

(リバタリニズム)代表的著作は、ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』(木鐸社)、ミーゼス『ヒューマン・アクション』(春秋社)、ロスバード『自由の倫理学』(勁草書房)、ナーヴソン『リバタリアンの理念』(日本語には翻訳されていない)などであり、リバタリアニズムを描き出したベストセラー小説として、ランド『水源』(ビジネス社)がある。日本人の著作としては、森村進『財産権の理論』(弘文堂)、橋本祐子『リバタリアニズムと最小福祉国家』(勁草書房)、蔵研也『無政府社会と法の進化』(木鐸社)がある。入門書としては、森村進『リバタリアニズム読本』(勁草書房)および『自由はどこまで可能か』(講談社現代新書)がある。

 テレビの見方は人それぞれであり、他にも楽しみ方がたくさんあるだろうが、法学部の学生諸君には、上記3つの思想に関する本を少なくとも1冊ずつは目を通した上で、サンデル教授の講義を受けることを勧めたい。そうすれば、今までよりも10倍楽しく、番組を見ることができるだろう。

 

 

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コメント

試験後で行き場のないエネルギーが有り余った,かつ,やっと23日の放送から見られるようになったTV好きの受験生には,
うってうつけ記事でした。
有難うございました。

投稿: ミドブリ | 2010年5月25日 (火) 09時36分

この番組、毎週見てます!周りに視聴者がいなかったので嬉しいです。
自分はもう社会人なんですけど、文献を読んで、更にこの番組を楽しみたいと思います。
先生は色々な本を読んでいらっしゃる様なので、定期的にオススメの本や、読むべき本などの紹介を是非やって下さい!お願いします

投稿: ゆうや | 2010年5月25日 (火) 22時04分

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